日本語の奥深さについて。
お願い事やお祈りをする時に、「〜してくれますように」「〜となってくれますように」という事があるだろう。
これは文法家であれば、単に「〜してくれますように、お願いします」とか、「お願いします」が省略されているだけだとか言うのかも知れない。
例えば流れ星にお願い事する場合であれば、「お願い」する対象は流れ星であるため、「お願いします」が省略されているという解釈でも成り立つであろう。
しかし、いざ本気のお祈りをする場合を思い返すと、決して何か明確な対象があって「お願い」をしているわけではない事がわかってくる。
例えば親とか配偶者とか子とか身内のことについて本気で何かを願う時に、「〜してくれますように」と願う時は明確な対象があるわけではないことに気づくであろう。
もしかすると人によっては神様や仏様など明確な対象が決まっている人もいるかも知れない。
また明確でない人であっても、それまでの日本文化の中で生活してきた中で、以前に神社でお祈りをした時のことや、お寺で手を合わせた時の経験を踏まえて、それらを念頭にお祈りするのかも知れない。
しかし本来的に考えればそれは順序が逆であって、発端は自己の内側からの祈りが先であり、その対象があるいは神様かも知れないし、あるいは仏様かも知れないし、あるいはご先祖様かも知れないと言うのは後に続くことである。
これは視点を変えて、例えばそういった信仰とかに厚くない人であっても、最後の最後となれば「何かに」対してお祈りをすることからも分かってくる。
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例えば一番近い身内について心配事があり、例えばどうも何か自分の知らない悪い虫がついているようで、どうも様子がおかしいのだがいくら聞いてみても問題ないと言うだけであると言っているとしよう。調べられるだけ調べて、また直接的にできることも全てやったけれどもやはり一向に、その怪しい伝手とは手が切れてないようで、ますますおかしくなっていくような状況を想定しよう。
例えば自分の子供とかでも良いと思うのだが、もしも自分がそう言った状況になった時、(無論調査や行動は継続していくのではあるが、)いつかどこかのタイミングで少なからず「どうか子に対する悪影響がなくなりますように」と祈るのではないだろうか。(これぞ親心)
それは一体何に対して祈って(お願いして)いるのだろうか?
子に対してだろうか?
正体不明の悪い伝手の本人を想定・仮定してだろうか?
またはその仮定した人の親とか御先祖様に対してだろうか?
自分自身の御先祖様だろうか?
それともやはりそれらを超えた存在(神様や仏様)だろうか?
現実世界で子は今まさに苦しんでいて、切羽詰まった状況である。もしもその悪の張本人を見つけ出してぶちのめす事ができれば良いのであろうが、張本人は姿を表すこともない。(また特定の個人ではなくてグループかも知れないし、もっと希薄に主犯もいなくて「集団ストーカー」的な全く悪意のない雇われ人かも知れない。)
そのようにやることはやり切って策は尽きたのだけれども、それでも身内を守りたい時とかに祈りが生じるのかも知れない。
そう言った状況で祈る時に、「〜してくれますように」に続く言葉は何ですか?と聞いてみると、かなり考えて「確かに何ですかね?」という答えが返ってくるだろう。
(最初に述べた通り、人によってはすでに考えるまでもなく祈る対象が決まっている人もいる。)
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そもそも上記のような状況で祈る時は、別に頭の中で言葉で「〜してくれますように」と喋っている訳ではない。いわば、あるのはイメージだけである。
※これも人それぞれかも知れない。言葉で考える人もいるだろうし、イメージで考える人もいるのだろう。最近の話で、AIによる翻訳で一番難しい言葉が日本語であるという話があったが、おそらく究極的にはこの「イメージ」を機械的に表現できなければ完成することはないだろう。(特許級の発見なのであるがこの通りオープンにします^^)
究極的な状況で発露された祈りを、もしも言語で表現するならば「〜してくれますように」と言うことが結論であろう。
日本語は感情の言語と言われる通りではあるが、日本語ではこういったものすごく繊細で高次元の概念(イメージ)までも言語として表現できてしまうのである。(逆説的に言えばAIとか言語学者から驚かれているが、それは当然すごいことなのである。)
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