2014年2月27日木曜日

高次の概念

人によっては生涯を費やしても高次の概念の把握まで達しないものもいる。
人はかわいいものだ。
聞く耳持たないものを、長時間軸的には優しく諭す方針で接しなければならない。「よしよし」と。。

2014年2月8日土曜日

Parameterization of organization - 組織のパラメーター化

これと同時に「レベルのパラメーター化」を発表するが、
所謂世間のいざこざとは、レベルの違った者同士がお互いの主張を
延々と繰り返してるだけである。

我も浅かったが、之を正し基準を合わせて初めてまともな
議論となろう。

ただし、これは「規制」のように「森が見えない」ものの為で
あり、「見える」ものからすれば之を制定すること自体に
焦燥感を覚えるが、今日をみれば致し方ないことだろう。
(そうやってこれまで同伴してきた。
 匙を投げようとしたものも居た。)



今日の埒のあかなさが故に出現したる発想ではあるが
之は、彼某のように感情論に陥ることなく、いかに彼某達の
レベル違いの主張であるかを、理論立て、正確さを証明して
今日の浪費を収束させるものである。
(彼某達の賢人も既に之で手詰まる事は知っていよう。)



後か先か

概して言えば、後か先か言うのも浅はかなるものぞよの。

2014年2月1日土曜日

見栄の考察

絶対であるがゆえ失敗はあり得ず、「分かっていたこと」や「当然の結果」とするしかない。または結果そのもの、事実そのものを変えてしまう。
もはや自己を客観的に検証し是正する仕組みを有してないのだろう。

体で例えると各機関はお互いに有機的に結びついており、統率がその全ての
ファンクションを管理しているわけではない。
もしも統率が各機関を管理し常に100%の能力を発揮させるようコントロールしては
システム全体が疲弊しすぐに崩壊してしまう。

統率はあくまでシステム全体の進む方向を示すのである。
統率がしっかりしていれば各機関も十分に力を発揮してくれる。

統率が各機関を100%コントロールしたとしても、もはやその時の
各機関はただの道化でしか無い。自律的に活動する筋肉ではなく
肉の塊に電気を通して見かけ上動かしてるが如しである。

この、実践を通した根本を知らず机上だけでメッキしてしまったことの
弊害は計り知れない。

私が言うまでもなく、こんなことはとうの数百、数千年前に分かりきってる
ことなのだが、それを無視してるのか、悪と知りながら素知らぬ顔で
突き進んでるのかは知らないが、100%コントロールしようとする「和」を
失ったシステムを見るにつけ恐怖を覚える。

もしくは、まだ我々は全体としてこういった視点で物事を把握する能力さえ有して
ないということなのだろうか。それでは先達に申し訳が立たなかろうに。

左の総括

一応ようやく結果が出たようなので総括しておく。 (いつも通り具体を避けて抽象的に述べるので読みづらくてすいません。。) とは言ってもこれまで散々述べてきた通り、あちらの根本は「利己」であるということの繰り返しであるが。 まぁそれが象徴的に民意として「流石に目に余る」という結果にな...