2018年11月24日土曜日

アナログ経済(ネオ・アナログ経済)

アナログ会計になった場合、例えば株価予測が激変する。
※アナログ経済だと貨幣化前の原初アナログ経済と区別がつかない場合があるのでネオ・アナログ経済とも言うことにする。そのうちネオ・アナログ経済のほうが定着したら、貨幣化前のほうが原初アナログ経済と呼ばれるようになるだろう。

現在のものは、いろいろな要因が内在しているものを
日別・時間別に出た結果だけを見て予測しているに過ぎず、
言うなれば離散的・非連続的に予測しているだけである。

これがアナログ会計になった場合は、それらが
関数的・連続的なものとして算出可能になってくる
わけである。


その根本をなす因子の一つは、ものの価値をリアルタイムで
表す機構である。

価値とはそもそも実在するものではなく、概念で定義したもので
ある。食べ物であれば何グラムいくらで、悪くなる何日・何時間前に
何パーセント割安になるなど。単純化すれば単価と消費期限など
から算出される。
食べ物はリアルタイムで劣化していくので、本来であれば、
価値もリアルタイムで減っていく。
それを「真面目に」経済に適用しよう、という発想。

つまり、実物という実数に対する、価値という虚数的な
概念に押し広げようという試み。
虚数は「価値」に限らず、数多くの概念が存在するのだが、
価値が最初に発展し、瞬く間に他の虚数にも
応用されるだろう。

そうするとそこには、あたかも虚数という情報だけで
形成される情報空間で完結する世界が出来てくるのである。
(影のような実態の生き写し。)
また、今度は逆に虚数側で作ったもの(社会など)を
実態にシミュレーション(というか投影というか、可能なら
物理かとか)することも理論的には可能になってくる。
「予測」の制度が飛躍的に上がるのはもちろん、今では
考えもつかないことがかなりたくさん可能になってくる。

ということで、アナログ価値・アナログ経済の
潜在パワーは計り知れないのである。

(これだけ単純なアイデアであるのでアイデアの
出処はこれであると、ここに記しておく。
いつも書いている通りであるが、後出はこのアイデアに
準ずるものである。
アナログ経済発祥の日となる。(本来はアイデアとしては
もっと前にあったが世に出た日。これも以前に少し
言及したが、もしも頭に浮かんだことを証明できれば
それをオリジナルアイデアと認定できるはずである。
これは非公開ブロックチェーンのようなもので実現できるのでは。
「後から」「一部だけ」公開することが可能かどうかだが。
もしくは常に頭の中全てを公開している状態。

そうすると特許関連も激変する。 (発案者が救われる意味で。
世のトレンドが如く、よりオープンになるわけである。))
現在はまだ旧式なので、こうやって自分で根拠を書いておかないと
いけないのであった。

ーーー
なお、この目に見えない抽象的なものを瞬時に情報と相互連携する
という発想はかなり広範囲に応用できる点でも一大発明である。
応用範囲は限りなく、例えば5感とか愛とか(いわゆる感情とか)、
テレパシーとか霊とか、およそ「目に見えないもの」への
応用が可能なのである。
(数学はいかに自由度を高めていくかの歴史とみることができるが、
この発明は物理界において自由度を一挙に広げる発明である。)



2018年11月23日金曜日

アナログ通貨

なぜ、ものの価値だけデジタルチックなのかということ。
情報処理量の増加により、よりリアルタイムに
ものの価値を算出できるようになる。

ものに限らず、アナログクレジットやアナログ収入など。
収入も現在は分かりやすさや振り込み手数料の観点から
月に1回まとめ払いだが、アナログ的に考えれば、
働いたその瞬間にその人の収入に実体を伴って
組入られても良いのである。

それらが売り方、買い方間で有機的に結びつく。

アナログ会計になった場合の潜在力は計り知れない。


2018年10月14日日曜日

結果論はなんでも言える

結果論はなんでも言えるが、追い詰められた
大陸はどう出るか。

組織レベルの話で、対面を保つために維持をはるか、
人民共和國なだけに人民のために太平を開かんと欲するか。

今の所、親日感情が過去最高という詭道で
出方を見んとする、ということか。

10年前ならともかく、こういった人民の素の声が
普通に見える時代を大陸は見据えておくべきだった。

結果論はなんでも言えるが、結論を述べると
なんとも儚いものだ。
(どれだけ哀れか幾千万回述べたにも関わらず。)

いよいよ人民の救済が具体化してきそうである。




2018年9月15日土曜日

なんだかEUの

なんだかEUの「民主主義」を見てると
次の答えを見ているようだ。

ただ左に土壌を提供してる。
つまり泣きながら笑って肉をあげてるよう。
感覚からかえる。
帰る。変える。
ここに記すでもなく、ようやっと
具体的論拠として左だの右だのが
霞が晴れてきたということ。

これくらいで道しるべとしては良いだろうか。
よく読んだ方が良い。

一番簡単なこと

一番簡単なことは
程よい阿呆と競い合うこと。
しかも、それを相手に気づかれずに。
周りで観戦する側も安心。

ここまでくる過程を
後でおそらく世は遡って
評価するのだろう。
これも既述の通り。

2018年8月9日木曜日

単なる周期のこと。つまり次の波。

単なる周期のこと。つまり次の波。

言論の周期も早まってきたものだ。

一昔前まではS主義だのM主義だのを
かいくぐってからでないと的な話があった
らしいが、
それさえ知らずに、つまり曲がらずに
(それだけで幸いなことだ。)
曲がり道せずに正道を突き進む世代が
育ってきたということ。

メディアや言論は大きな流れを捉えることが
職務的役目だろうから、それをちゃんと
見るか、またはそれまで培ってきた
忘却機構を持って逃れるかを選択する時が
訪れるということか。

それがわかっただけで良いと思う。

つまりは、知覚を持って備えよということ。

ーーーー
こうなるためには、これだけの期間、それら
変な話に流れないようにしてくれた
先人の努力の土台があったからこそである。

一つの大きな要因として言えるのは、その
断衝力がある。
大陸を見れば金で刹那に目の色を変える様が
ありありと想像できるが、他方はそうならない、など。
(無論例を挙げるまでもないが。)

ほぼ答えを言ってしまってつまらないが、
これをもとに、というかこれがもとになって
言論を発展させれば、現世は自ずから成り立つ。


2018年6月9日土曜日

悲に面し一つ。

悲に面し一つ。

つまり辿れば追いやった主権を振るったものの心情。

現法では無論「動機」的な罪を負うのだが、
例えば過去・現在・未来や法律を取っ払って
どういう「つもり」で何をしたかったのか、
を洞察することに意味がある。

一体どうしたかったのか。それが現世ではこういう形で
現出したということ。

現世では増えてきたが、情報があふれナマの育児の
愛情も知らずに教育や躾が追い越して先走っている
事例を目にする。

大人の世界や政治・経済・理念・云々の世界も同じだが、
感覚を麻痺させて(時として故意にする輩が出てきたが)
理屈というか屁理屈を押し通す向きがある。
(これを系統立てるだけで、あちら陣営は瞬殺するのだが。
 それは別立てで。)

今回のケースもその類。おそらく悪いことはしてないと
思い込んでいるだろう。
ナマの5歳児に触れ合って感じる感覚も閉じ込めたのであろう。
躾という名の社会的美、個人的美、社会的に認められている
躾を基準にして、それを動機としているのであるから
そこから派生した教育行動はちゃんと言い訳ができると。
たとえ何かあっても正当な理由があると。くらいか。
まずはここまでは良い。

そして何をしたかったのか、させたかったのか。
おそらくそこで止まったのだろうと思う。
本末転倒よろしく、躾のための躾で目的が
達成されてしまったのだろうと思う。

何をしたかったのか。真性馬鹿であったのであれば
むしろそちらの方が良かったのであろう。
教育にしゃしゃり出て母子関係に破綻を及ぼす
ケースも見ているが、一様に中途半端であることが
共通点であろうか。
それらは大抵ナマものを扱わずに屁の理屈を
振りかざす。つまり地に足が付いていない。
(故事に学べば実践ありきということが自ずと
 身につくのだが。故事に学ぶというのも
 別段特別なことではなく父母・兄弟・社会一般
 に接して体得するものだが。)

5歳ながらにして、ひらがなをようやっと覚えたにして
書いたあの手紙。5歳ながらにして間接表現も駆使して
ちゃんと伝えている。
それを僭越にも汲み取るならば、知るべきはやはり
今世のつながりを密にした、あの子のパパ・ママなのである。

とりあえずわかることは、言い逃れしようとする人に
対しては行政はあまり強制権は発揮できないということ。
(行政、つまりボトムアップなのであまり
口を出すつもりはない。むしろ容疑者をちゃんと
この子の言葉を一生聞かせるように、無様に
瞬時に極の刑にしない厚生理念が通ってて
良いと思う。)

素人が言うまでもないが、足取りを見れば逃れようと
していた感は十分に発揮されている。
それはむしろプロが検証するから良い。
知るべきは、現世でこの人はどういった精神過程を
踏んでことに至ったかを知ること。
そういった、(こういった事件を軽々しく
あちら陣営も恥ずかしげもなく出しているが。)
人が排出されてしまう土壌はどうやって築き
あげられてきたか。
どうやって精神的土壌を直すべきか。
ボトムアップの児童相談所や行政の話は
数多あるのだが、あの手紙の真の要求するところは
それらメディアがどうしても触れられない
トップダウンの分野なのである。

わずか5歳にして、最後まで希望を捨てずに健気に
みんなの修繕を願って生き続けたが、生の
ベクトルとして衰弱して泣きながら亡くなられた
ことは無念であったろう。合掌。



二重スリット実験及び天体の光の干渉縞について

電子や光子で二重スリット実験が行われ、「確率の波」や「パラレルワールド」などで説明がなされている通りであり、その「事実」の細かい点は省略。 今回の話は、その現象は現実世界でも常に起きているということ。 我々が自分の目で見ている現実世界の範囲では、多数の光(光子)が光源から発せられ...