2020年8月1日土曜日

酒を飲むと注意が散漫になる

酒を飲むと注意が散漫になる、とは昔から言われていたことだが、コロナの第二波で見るとこんなにも如実に数字として現れるのかと、誰しも驚いていることだろう。
夜の現場を知ってる人であれば、ある意味納得だろう。
つまり酔うと、実際にかなりバカになる輩が多数排出されるわけで、彼らが3密を避けるとか、帰ってから手洗い、うがいをしてから寝ることができるはずがないことは現場を知っていれば分かるだろう。

無論経済問題とのジレンマがあり、夜の街を開放できるかどうか、色々な指針・基準を設けて、数値的根拠を持っての判断であろうから、現在は夜の街の開放による第二波が許容範囲かどうかを、現場でリアルタイムで判断している真っ只中ということだろう。


2020年7月30日木曜日

姿・形を変え現世の利益を貪ることの後の絶えないこと

本ブログの成果もあり、最近ようやくまともな
ことをいうものがでてきた。

それは、これだけあちら側が精神的に得るものの
酷さを構造的に論破してしまったのだから
当然とも言える。

ここまでくると、これまで現世の利益を貪らんが
ために、あちら側につこうかと考えていた輩も
考えを改めざるをえまい。
そして、構造理解の通り、「これはもうだめだ」と
いう暗黙的臨界点をこえれば、あちらのトップを先頭に
離脱競争が始まる。(滑稽すぎるだろう。)

ーーー
事後にいろいろ考察されるだろうが、根本はタイトルの通り、
「姿・形を変え現世の利益を貪ることの後の絶えないこと」
だろう。

盲信して突っ走ってしまった人は頭が足りなくて残念であるが、
理解できるのに確信犯的に行動した人は、誰も何も言わないから
どうぞ反省していただければ、ということだろう。

せっかくの過去の英知で立派な理解力があるはずで、
数千年を越えてようやく奇跡の一生を得たにもかかわらず
それを放棄したのであるから、当然の報いを自分に施すことに
なることは、それこそ立派な頭脳であれば自明であろう。



2020年6月29日月曜日

全体を考えてるはずの主義がむしろ誰も行かない 明らかに落ちる橋の方に進んでいる状況について。

全体を考えてるはずの主義がむしろ誰も行かない
明らかに落ちる橋の方に進んでいる状況について。

もはやタイトル通りすぎて説明さえ要らないが、
このへんが所謂蓄積を蔑ろにしたツケなのだが、
最善と思って「超頭脳」みんなで考え出した選択は、
結局大衆主義と変わらないか、むしろそれより
アホな選択ということ。
(が証明された、と説明は続く。)

なんとうか、説明は簡略な方がよいということが
最近わかったので、今日はこれだけにしておこう。
(続けるならいくらでも続くのだが。)

2020年6月25日木曜日

愚の露呈

なんというか、これだけあちらの愚が露呈して、一般市民感覚で
認識されるようになって、多くの先生方の苦労のお陰であるが、
構造や力学も解明されて、もはや政治的にはもちろんだが、
言論的にも文化的にも文学的にも、あらゆる分野でネタとしては
「もういいんじゃないか」レベルであろう。
(おそらく民間レベルで認識できるということは、氷山の例でいうと
すでに海中の大きな動きとしてすでに出来上がっていて、今目で見え
始めている「完成」は、すでに過去の出来事なのであろう。)

ーーー
それにしても、常々言う通りであるが、着目すべきはそんな表層ではなく
そのあとのことである。

それこそ何千年の歴史を誇ってるようだが、裏を返すと何千年も前の
徳から全く畜善できていない(むしろ浪費してる)ことを、裸で
何の恥もなく面の皮だけ鋼鉄のようにして、全部他人のせいにしてきた
わけであるが、周りからするといい迷惑なのである。
(そしてそんなことは無論これっぽっちも、意識にさえ浮上しない。)

この精神発展上の観点から、これは彼らが自ら選択した堕落からなのか、
はては周りからの影響で、うまいこと仕立て上げられてそうなったのかは
いずれ歴史が検証してくれるであろうから、そちらに任せるとして、
いよいよ根性を叩き直すとなった時に、ほんとうにちゃんと立て直せるか
どうかの問題なのである。

ちなみに自分たちを中心として、四方をインソルトした呼称をしているが、
ふたを開けると(やっぱりというか)、「バカと言った人がバカ」に
本当になっているから哀しい。(子供に諭すレベルの精神性でしかなかった
ということ。これだからいいように使われるのであろう。)
そしてその周りへの迷惑はご覧の通りであるので、むしろ「中身のほうが
むしろが腐ってる」ということで「中腐」と呼称仕返してあげたほうが
本人のためになるのではないだろうか。
思い返せば、「自分が世界の中心」という考えは、自己満足や自己陶酔こそ
すれ、反省して改善することたりえまい。だからこそ論語くらいで時間が
止まっているのであろう。
何事も当事者が気付いて反省しないと何も変わらないので、
これは是非自分たちで自覚して改革してもらいたいものである。
(外から変えるのは難しい。性格が他人から言われて変わるものではない
という面と、あちらの情報統制の面で、ということである。
既述の通り、できることは「その後」を見据え、つまり変化後もそれを
構成するのはやはり人であるので、二の舞にならないような精神性を
もてるように精神形成の手助けをすることである。)

ーーー
これまでも書いた通り、ほとほとどうしようもないのだが、これも
裏を返すと「扱いやすい」ということでもある。
(簡単に言うと大陸全体の個人個人がみんなまじめで勤勉で人格者だったら
と想像すると、逆に恐ろしいだろう。そういうこと。)

しかし、この扱いやすく、コントロール可能な「形態」も、ご覧の通り
民間レベルでほころびが目に見えてきたレベルになってしまったため、
いよいよ「次のステップ」へ進むわけである。

というのが読み筋。
(なので、先生方も矢面に立たれて、ハリボテのコマと頑張っていただいて
いるが、あちらはそのうち勝手にトップを先頭にして我先に散っていく
のだろう。かと言って手を抜くと突け上がってくるので(みんな学習済み)
無論気を抜かず、お付き合いしてあげないといけないが。)

ここら辺までわかると、いかにハリボテのコマとやりあうことが浪費で
あるか分かるだろう。
こんなくだらないことではなくて、英知の結集で将来の建設的なことを
考えたいものである。
そうはいっても目の前にこの具体的なトゲがあるので、それを抜かないことには
次へは進めない、という構図である。

ーーー
注意点としては、いつも「こと」が起きる前は感情に訴えるような情報が
でてくるので、注視すべきである、ということ。無論簡単に踊らされては
いけない。
ことを起こすからそうなってるのか、そうなったからことが起こるのかは
いつもうやむやになるが、単なるコマとしてではなく、客観的に見ることが
できるのであれば、少しでも多くの人がそういった冷静な態度で
見ていかなければなるまい。


2020年6月24日水曜日

構造理解による、表に立ってる人の考察

あちら側の構造理解によって、あちら側の表に立ってる人は
大量生産ハリボテのコマだとわかったが、そうすると
つきつめると大陸とか半島のトップさえも、そうなのでは
ないかと思う。

(さらに突き詰めると、国の形態としてそうなってる中で
住んでる人には、それは言わば言外の常識なのではないか
とさえ思う。そうすると、我が国内のあちら側の人たちの
なかでも常識で、私が世間知らずなだけなのかもしれない。
もっと一般常識化されても良さそうである。)

秘匿で利己な環境で権力を持ったら、わざわざアホヅラを
さらして人前に出ようと思う人はいないのである。

そうするとなぜ、わざわざアホヅラを晒しているかというと
通過儀礼なのであろう。「これだけやってやりましたよ」という
誰にも文句を言われない成果を残して、そのあとは老後を
まったりと過ごすのであろう。いつも言う通り、元が利己なので
子孫の分まで案じたとしてもせいぜい数世代先くらいまでしか
考えない。しかもあくまで自分の子孫だけ。
(実はこれがあちらが高らかに掲げていた「理想」の
実態なのではないか?なんと儚い理想であろうか。)

ただし、どんなに成果を上げても秘匿で利己な彼らの構造自身に
よって、その保障された老後さえも簡単に覆されるのであるが。
(実例は枚挙にいとまがない。学習能力的な問題になってくると
思うのだがよくも懲りずにやるものだ。)

おまけに、もはや良心には立ち返る資格さえ自ら放棄するという
特待権付きでであることは、既述の精神構造理解を参照。

精神構造理解の通りであるが、早く「自ら人を放棄したものは
自ずとその組織の意思決定には参加する資格も放棄したことと
同義であり、よって政治への参加も不可」とする政治3.0が
実現してもらいたいものである。

2020年5月27日水曜日

精神的堕落の構造

精神的堕落がなぜこれほど構造化されてしまったであるが、
すべて我が国のせいにすれば良いといった風潮と、
それをまんまと「賢いやり方・正しいやり方」と思い込んで
邁進してしまった集団があった、というあたりに行き着く。

いつぐらいから考察するべきかは精査していかなければ
ならないが、例えば大戦前後などでまずは考えられる。

無論、大陸側は易姓革命の土壌であり、
その精神的特性上、相容れないものがあるという
認識は大戦前というか開国前から存在していた。
(さらにその属国はすでに話しても無駄、くらいの
認識だった^^。まあ属国精神と言ってる時点で「骨」が
存在しないのだから当然であるが。そういう点では
本当は可哀想な国なのであるが。(と、これを言うと
またつけ込んでくるので表立っては言わない。
ここで得た教訓は「同情」という精神構造を理解できない
人に同情を示しても、それはあちら側にはバカにしか
見えず、まんまと差し出した手を噛まれる、という事だろう。
何かの映画にもあったが、相手を野獣と考えるとわかりやすい。
こういう例えをするとまた「人権がー」とか言い出すので
表立っては例えない。))

大陸側の歴史は「国を獲ったものの勝ち」なので、
いかに相手を出し抜いて優位に立つかという戦術は
練り上げられてきたが、集団全体を通しての精神性という
点では、それこそ論語とかで時間が止まってしまい、
その本質的な部分はむしろ我が国で発展したという
点はよく言われている通りである。

これがまず前提としてあって、開国→戦争→戦後となるのは
歴史の通りであるが、精神史的には最初の命題のとおり、
大陸はすべて我が国のせいにすれば良い事にした時点で
精神的方向付けも決まってしまったのであろう。
なぜ大陸とそのお隣だけそうであって、他のアジアの国々は親日なのかは、
それこそ糸を一本一本解きほぐせば分かるのであるが、
なぜ大陸とそのお隣だけがそうなったのか、または「そうされられたのか」のかは、
まあそのほうが扱いやすかったのだろう。

精神史的には残念ながら堕落が蔓延する事になったわけである。
また、あちらの土壌も手伝って、それはもう何の疑いもなく私腹を
肥やす事に邁進できてしまった。(この辺は何の道徳も持ちえ
なかった点で情けない。)

何事も先ずは知る事、知覚する事である。
「恥」という人の感情は大切なのであって、無論私が説明するまでもないが、
それを以って改善のきっかけ、原動力になる訳である。
先ずはこの構造理解と精神的堕落の認識から始まる。

精神の堕落

構造理解によって、運命的、宿命的欠陥がないにも関わらず、
自らの認識を放棄してまでも、「ロスした人」を装うものたちが
存在する事が判明した。
これは本来の自分の能力を放棄している事から、精神の堕落と
言える。

「地獄に行く」とは大きく言えば抽象であるが、かといって
それを無視して利己に走ったものを見ると、はたしてよい
結末を本当に迎えているかといえば、決してそうでない。
精神的堕落をした人々が、その根本的堕落を見えないように
隠して「自分たちは正しいんだ、少数派なんだ」と言い合って
徒党を組んで、自分を見ないがために目は蛇のように冷徹になり、
他人の同質を見つけては同胞化したり、なびかないものに対しては
嫉妬したりやっかみしたりして「あなた方も同様の性質があるでは
ないか」と批判ばかりする。
これはまさに自分の非を見ない裏返しからくる作用である。

そのような徒党を組んだ蛇の集団の、一分子の行く末、行き着いた末、
つまり滅する瞬間が、幸多い結末になるとは到底思えないのである。
前回詳述した通り、つまりは、というかやはりなのであるが、
最後は自分の心に戻ってきて、自分自身で築き上げた精神的堕落に
よって自分自身が突き落とされるのである。

実は地獄に行くという事も、その人個体の中で自己完結した話なのである。
ただ、上記構造を第三者が見たときに、その人に諭すために、
または子どもにわかりやすく説明するために、
外的要因である例えば閻魔大王によって地獄に突き落とされる
などと抽象化しているのである。
(こんな大昔から言われ続けている話なのに「科学が発展した
現代において私には関係ない」といって、精神的堕落に邁進して
しまった人々は大いに後悔すべきである。)

ではなぜこれほどにも精神的堕落が構造化してしまったのかについては
次回述べる。

二重スリット実験及び天体の光の干渉縞について

電子や光子で二重スリット実験が行われ、「確率の波」や「パラレルワールド」などで説明がなされている通りであり、その「事実」の細かい点は省略。 今回の話は、その現象は現実世界でも常に起きているということ。 我々が自分の目で見ている現実世界の範囲では、多数の光(光子)が光源から発せられ...