築きあげる土壌を形成するか、破壊者、組織的破壊者と
なるか。
その淘汰と見るがよろしい。
これを持って、どちらが正であるか分かるのであれば
イデオロギーに苛まれるものはそれを離脱するのも
英断であろう。
往々にして根本は隠蔽される。
信念と思いてフォローするも正反対に加担するが
如しは死ぬまで気付かぬが幸いであろう。
隠ぺいする、せざるを得ない組織体が根源であるが
(過去執筆の「組織論」を参照。)、本位がそぐわないのに
属す、結果として加担してしまっているものを
見るにつけて哀しいものだ。
私が言うまでもないが、幼いまま何千年も居座っている
亡国はおいておいて、それよりも現状としてはるかに
大きな問題としての、宗教的解決を図るための方法が、
解法があるのだが、知ってるものはそれぞれそれを
発表、表明するタイミングが掴めず苦慮しているのである。
これこそが建設であろう。
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