2025年3月14日金曜日

草莽崛起

どこかにも書いた通り、本ブログは公開情報という事実を元に、不明な点については変に解釈することなく書いているため逆説的に良くも悪くも必然的に書いた通りになっているためか、知る人ぞ知る指標のような感じになっているのである。

お陰様で見てくれる人がいるのかも知れないが、不思議なことに海外からのアクセスだらけである。
さすが情報国家はインテリジェンスがしっかりしてるなと思う一方で、我が国はこんな深く考えるサイトは誰も見ないということに、なんとも情けないと思う。

しかし、それまで含めてわが国というのはそういうものなのだろうな、とも思う。

海外勢のいわゆるインテリジェンスについては、さすがしっかりしていると思う一方、無論国家の重要ごとに携わるという自負と誇りで素晴らしいお仕事をされているのは思うのだが、やはりどうしても組織人としての活動という側面を良くも悪くもお持ちであろう。悪く言えば「仕事としてやっている」ということである。

他方我が国は、スパイは活動し放題であるし、国の組織としては本当にまともにインテリジェンスはおろか情報収集さえしてるのか?といった感じである。大昔はそんなことはなかったのであるが、近現代はご存知の通りまともなことは何一つできない有様になってしまった。(脱線すると、また逆に言うと所謂左がやりたい放題やっているのだが、それはあちらとしても政治とか国の基幹こそがやはり主戦場と思っている事の証左であろう。そこで暴れることが日本をバカ国家にするには効果的と思っているのであろう。よってある意味ではそれら暴れん坊の暴れる場として政治の場を与えているのであるから、実はかなり巧妙な上手いやり方だとも思うのである。この調子であちら側には「我々は頑張って意味のあることをしてるんだ!」と思わせ続けられる場を提供し続けておいていただければと思う。)

そこで今日のキーワードである草莽崛起になるのである。
良くも悪くも我が国は草莽崛起なのであろうなとも思うのである。
また、「本当の強さ」とでも言うのか(これはいくらでも抽象的にでも、あるいは具体的にも述べることは可能ではあるが)、国がいざ立ち上がらんと言う時にはやはり日頃の市井の民がいかに目覚めて行動するかになるのだと思う。
海外でも志をたてて立派に国をリードされる方が大勢いることは無論知っているが、あえて比較的に述べれば、我が国にはそ行った人が(表には出ないけど)わんさかといる訳である。そこには組織の一部として動いているという意識もなければ、私心のために動いているという意識さえなくて、純粋に将来のため周りの人のため国のため世界のために考え、動いているのである。「全てを自分ごととして受け止める」に通ずるものがあるが、やはり純粋さと言うのはかなり強力な原動力で、全てが自分ごとであり、自分のためイコール世のため人のための境地なのである。
その点が組織人として仕事としてやってることと大きな違いであろう。

我が国は何かあるとどこからともなく人材が出てきて難局を潜り抜けてきた訳であるが、それは正しくまるで葦のようにニョキニョキと元気よくあっちとかこっちとかから伸び出てくるようなものであって、それが故に草莽崛起なのである。
(一点だけ注意しておくと、だからと言って安心して良いと言う話ではなく、国の機関としては最低限「組織」としてのインテリジェンスは先進国並みにしておかなければならないと思うが。。)

よってこれまた逆説的になるが、我が国ではわざわざ私の書いたこと読まずとも「そんなの当たり前」のこととして修養されており、伝統・文化として継承されてきて、継承されていくのである。(よって本ブログはほとんど日本人に読まれてない、と言う自虐ネタ^^)

逆にせっかくだから述べておくと、海外の方になるが、みなさん知っての通り「なんとなく」日本が注目されているのはご存知だろうが、まだそれはものすごくうっすらとした感覚であって、まさしく「なんとなく」の状況が現状なのであるが、一つの側面・切り口としては上記で述べたような国民性のようなものが挙げられるようである。
これは散々、また日本に限らず言われ続けられてきた事だとは思うのであるが、憧れてるだけでは憧れだけで終わってしまい、大切なのは小さくても種を蒔くことなのであろう。それこそそこには私心は不要(というか修養に長けた人であればわかると思うが、私心が入り込む余地など生じようもない事であるが)であり、純粋に自分の国の将来(国とか大袈裟に言わずとも自分の周りの人、コミュニティ)を本気で案ずるのであれば、自分の一生では無理でも自分の蒔いた種で子孫が安らかになるのであればそれで良いと言う境地であろう。(名声なんぞと言うのは後で勝手に他人がつけるものである。少なくとも目的ではない。)
「うちは現状を見るにつけ絶対無理」と嘆くだけでは今世でも来世でもいつまで経っても変わりようがない。逆に言うと変化とはいつか蒔いた種から始まるのであり、種を蒔いていなければ芽は出ようがないのである。


2024年11月6日水曜日

左の総括

一応ようやく結果が出たようなので総括しておく。
(いつも通り具体を避けて抽象的に述べるので読みづらくてすいません。。)

とは言ってもこれまで散々述べてきた通り、あちらの根本は「利己」であるということの繰り返しであるが。

まぁそれが象徴的に民意として「流石に目に余る」という結果になったことは、確かに歴史的にもマイルストーンになるだろう。
(恐ろしいことに暴動などを煽動してちゃぶ台返しを画策してると言ったような怪文書も出回っているらしいが。しかし怪文書が世間に出回ってはあちらとしては世も末であろう。まぁこれもまた末期症状ということが「振り返って」検証されるのであろう。あちらの特性として歴史を学習しないので、それが正しく断末魔であるということに当事者は全く気付かないようである。)

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敢えて物語的に話すが、岡目八目とでもいうのか、無論初心を持った方は大変有意義であってそう言った方々に支えられてきた訳ではあるが、下手をすると生兵法で挑むと、あちらもアホではないのでまんまと付け入れられて本末転倒的にあちらに与する勢力になってしまう人が多数出現した次第である、ということ。

別に政治やSNSを言う訳ではないが、実際に接近しすぎて(当初は高い志があったのに)、そう言った方々の心情を代弁する訳ではないが、知らず知らずに当初の反対側の急先鋒になって(奉られて)いたりする訳である。(それほど哀しい事はない。)
(一応、冷静な分析としてはSNSという「誰でも世界に参加できる」ツールの特性をよく理解して、先回りして、不適な笑みを表には表さないようにして虎視眈々と待ち受けていた図、といった所。さすが左的な蛇のような爬虫類的な性質である。)

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子は親の背中を見て育つという通り、例えば国のトップや、大きくみて「世界の流れ」が現状のような無法地帯になっていると子が捉えるのであれば、子がそれを真似するのは当然であろう。
あちらが一体どれほど軽い考えで始めたのかは知らないが(利己なので)、いよいよ世界中で利己的事件が顕著になってきた。(日々発生する世界中の利己的事件を観て、左の当事者は一体何を思うのか?無論「しめしめ」と発狂的に思っているのだろう。(よくそんなことで快楽を得られるものだ。自らの意思で現世において動物にならなくても良いのに。))

上記の親子の例で言うと、親は確信犯なので残念ながら手遅れかもしれない。(し、そうでなく、ちゃんと更生可能かもしれない。人はどこからでも変えられる。記述の通り。)
記述の通り、いざダメとなったと自覚すると蜘蛛の子を散らすようにトップから逃げ出すという喜劇が見られると述べた通りであるが、それら完全に染め上げられた方達は自分は決して悪くないと信じ続けて行くのであろう。

問題は、それらに「染め上げられてしまった人々」である。
上記に示した通り、図式としてはものすごく単純であって、果たして今回の厳正たる結果を自分の目で見て、現世の命でそれを受け止めて、果たしてなんと思うか、と言う問題。
(下手をするとその序列に今回の選挙であちらの代表に選ばれた人も並ぶのでは?とさえ思えてしまう。)

これまた記述の通りであるが、悪は悪で悪いと言うのは誰でも分かるのであるが、それを他人を巻き込んで煽動してしまうと言うことは、迷える子羊を「善意を以って」奈落の底にまんまと突き落とす、またはそれに加担させる、と言うことで、ものすごく罪は大きいと思うのである。

私が述べるまでもなく、ここのところの問題は「近視眼的に利己に向かわせた罪」と言ったところであろう。
そうであろうし、それがぐだぐだとまんまとあちらの思惑通りに誰も鶴の一声も発せずに、発しても口を塞がれて過ごしてきた、過ごさせられてきた歴史の一ページであったと言うことであろう。

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冒頭に「選挙結果を暴動でちゃぶ台返しする画策をしてる」と書いたが、ここまで述べてきたを正に理解すれば、その角ももげるであろう。
(しかし、鬼とか鬼の角というのは無論抽象であると思うと同時に、本当に具体であったのだろうと思う。そのような具体的な鬼に人生上遭遇しないことに越した事はないのであるが、これだけ科学が発展した文明においても、それらおぞましい鬼は嫌でも目の当たりにしてしまうのだなと恐ろしくも思い、また哀しく思うものである。)
(何回の繰り返しになるか分からないが、現世の問題はそれらが巧妙化、潜伏化して「まんまと」「善意の人を」悪に走らせる巧妙化が進んでいるということ。分かる人にとっては、ある意味それだけ、と述べた通り。)
(言うまでもなく、それらを「無明」と言うのであるが、無明の恐ろしさは、本人が自分が無明の中にいると自覚するまでは、自分は「明」サイドで立派に自立してると思っている事である。更に恐ろしいのはそう言った人を悪に走らせる、左側の「完成された」「マニュアル化された」手口であろう。記述の通りであるが、一旦その道に入るともはや自分の頭だけではその道からは抜け出せないような仕組みになっている。恐ろしや。。)

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おそらく、所謂左が世に出現した時点でもその大いなる矛盾(矛盾という言葉さえ勿体無くて、理屈という言葉も勿体無くて、屁理屈くらいなのであるが)にはちゃんと地に足がついた方々は分かって、当時からも反論が多数出たであろうが(残念ながら「インテリ」はまんまと流されてしまったようであるが。。地に足がついていたかどうかの問題であろう。無論過ぎ去ったことはとやかく言うつもりはない。)、なぜこれほど百年近くも浪費してしまったのであろうか?と言う総論に、そろそろ入らなければなるまい、と言う事であろう。

確かにこれ以上は先人に怒られる。


2024年9月5日木曜日

視覚と聴覚の相関

錯覚というか感覚間の相関について。
(一応、新しい錯覚の分野)
(相関というか、「相互関係」とでもいうのか、所謂総合意識の分野。(もし未開拓なのであればここに新たに開拓した。))

例えば真っ暗なところで聴く音と、明るい所で聴く音の関係。
(一方は大きく聞こえ、一方は小さく聞こえる、など)
(大きさ(強弱)の他にも高低差や周波数的な要素などなど)

タイトルは取り敢えず視覚と聴覚としたが、所謂五感の全組み合わせを含む。
一応、「意識」まで含めて六感の全組み合わせまで含んでおく。
(仮想まで含むと六感に留まらず、任意の数まで仮定可能であるので、そこまでこのアイデアの範疇に入れておく。)

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なお、上記のようなボトムアップを今後百年か千年かは分からないのだけれど、積み上げていくと、「ボトムアップ的意識」の成り立ちも分かってくるだろう。
(そして「意識」はどこまで行っても仮定であるということに、巡り巡って気づくのだろうか。)





2024年8月25日日曜日

優位性

あちらの構造理解の通り、行き着くところは利己であり、それが故に目の前の「敵」をやっつけるしか考えることができなくて、いざトップになったとしても「ではどうしたいのか」「何をやりたいのか」が空っぽなのであることは既述の通り。

レッテル貼りとかは正しくあちらが生み出した滑稽な産物であるが、これこそ「嘘も百回繰り返せば真実になる」的な自己満足の所業であろう。

あちらの本質は利己である、と見抜いた(というかちょっと10分くらいでもちゃんと考えれば誰でも分かることであろうが)通りであるが、それを発展させると単純に「優位に立ちたい」ことの表れでもあるということも同時に分かるのである。

例えば今、世界地図を広げてみんなで世界の事を話し合っているのに、誰か一人が突然大声で「私はここにいるんだよ!」と怒鳴って自己主張を始めるようなものである。(自分でも嫌になるがどうしてこういったわかりやすい構図(滑稽漫画といった方が良いか。。)を瞬時に発想できてしまうのであろうか。。)

一応このどうしようもない構図上で話を続けると、誰か穏当な人が「今は世界について話してるんですよ」といくら優しく言おうが、この怒鳴った人はますますエスカレートして「差別だ!」とか発狂レベルで叫び出すのであろう。(はぁ。。)
更に付け加えると、そうやってザワザワやってると、「いや、怒鳴ってる方が正しい」とか言って群衆の一部がそちら側に加担してしまう始末である。

ある意味、世界地図を見てる時点でちゃんと解決しなかったせいでもあるともいえるし、実際こうなってしまうと収拾はつかなくなってしまう、とも言える。

これの問題は何かというと、ディベート的に言えば、まともなコミュニケーションが取れない人がいたという事であり、いざ収拾がつかなくなった際に、それより上層で見える人がいなかったという事であろう。(簡単である。)

※ちなみに「層理論」は上記二点の問題も解決できるものである。

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とても哀しい事であるが、所謂あちらに傾倒してしまった方は、もう元に戻す事は難しい。利己と自己優位性に突っ走っている荒れ牛のようなものである。本当は大きな土台の上でギャアギャア騒いでるだけの胡麻粒のようなものなのにも関わらず、あたかも世界は自分の思うがままと勘違いして政策(とか、ここぞとばかりに格好をつけて自分の正当性と担保するような言葉を使うのだが)を編み出してブルーシートを作って自己満足しているのである。

常に述べている通り、それではそういった「出来上がってしまった」方とどう対峙するか?という話である。
とても残念ながら成体として出来上がって、もう元に戻ることができない人は、その人がなんの疑いもなく安心して暮らせる場所を与えるしかないだろう。(既述「ディベートの困ったちゃん」参照)
その人が自分の利己と自己優位性を保ったまま暮らせるのであるから、その人としては満足だろう。
裏を返すとみんなが真剣な話し合いをしてるのに、自分の利己と自己優位性を頑なに主張してきたのであるから仕方ない。(あちらの人は、大の大人であるのに、それでも「疎外だ!」「人権だ!」とか叫びさしそうな勢いではあるが。。)

なお、最後に付け加えるならば、無論人はいつどの時点でもやり直すことができる、稀な生物であるので、その人が本当に改心したのであれば、そこからはぜひまともに生きていって頂きたい。
※またしても既述の通りであるが、こういう事を言うと「しめしめ」と「賢く」潜伏・脱走してしまう輩がいるので片時も気は抜けないのであるが。(本当に「やれやれ」である。)





伝説商法

世の中には「炎上商法」なる手口が存在するらしいが、その進化版として「伝説商法」(または「伝説化商法」)を発表する。

主にガジェット分野であるが、古の製品の中には「何故この仕様にした?」的なものがあって、運が良ければメーカーや設計者本人にその意図も聞くことは可能なのであるが、意図が分かる・分からないに関わらず、情報伝達理論の通り「伝説化」するものがあるのである。

そう言った伝説が出来上がると、当然該当品は需要 >>> 供給 となるので保有者であり、かつそれを手放しても良い人であれば、その人はその分の対価を受け取ることができるのである。

伝説化商法とは、それを意図的に発動させる商法である。(無論余程の愚か者でない限りはその意図を表には絶対に漏れないようにするだろうが。)

伝説化の基本は、後から考えて「なんでそんな設計・仕様にしたのか?」をある程度時間経過した将来の人が思う・楽しむものであるので、それを敢えてするという事は、現代では株主がいたりとかシビアなビジネス現場で日々真剣に物作りを行なっている(行わざるを得ない)現場で、「敢えて」バグとしか言えないようなことをするようなものである。
よってそれを通過させる体制なのか?それを通過させる経営陣はどうなってるのか?という話でもあるし、いざそれを世に出してもそのような「おかしな」製品は自然淘汰で単純に売れないだろう。

むしろそれを意図的に行なっているのであれば、同業他社なり、というか一般消費者から(それこをネットから)「ふざけるな!」という非難が凄すぎて、その時点でその企業の存亡の危機であろう。(これを「周知の上の第一波」とでも言うのだろうか?)

あわよく炎上しなかったり、したとしても何とか乗り切ったとしても、そんなことに頼っている企業であっては普通ではあるまい。

※ビジネスの歴史の通りであるが、実際上全て真っ直ぐに完璧に貫いていた側と、ちょっとだけ・たまに「何やってんだ?」といったことをやってきた側とでは後者の方が人気があったりするわけである。人気とはつまり売り上げとかの数字でも出てくる話。

しかし、それはあくまで短期的な話であろう。そうであろうし、そう見通さなければならないと思う。(そう見通せない人が「炎上商法」に走っているともいえる^^)

言うなればこれはある種劇薬であって、そんなものでまんまと当たりを経験してしまえば「やはりこれでいいんだ!」とかいって、引き返せない側の道を進んでしまうのであろう。

本論は炎上商法をごく単純に発展させただけのくだらない話であるが、こういったものが出てくるのもまた世の中だと思うので、つまり簡単にこういったことは見通せるので最初に書いておくのも悪くないと思って書いておいただけである。


2024年7月27日土曜日

蜃気楼補正機構

暑い道路などでモヤがかかるが、これを補正する機構。
より広義で言えば、例えば地上の望遠鏡だと大気の影響があるので、宇宙に望遠鏡を持っていってそれを回避しているが、地上の望遠鏡についても補正する機構。
また、宇宙望遠鏡であっても、より遠い領域になると途中のガス雲やチリの影響もあるので、それらの補正にも応用できる。

モヤ補正機構の基本コンセプトは、不可逆変換のものを学習によって補正するというもの。
今時の言葉で言えば所謂AIである。(最近は何でもAIになってしまったが、実際には「実用可能段階になったニューラルネットワーク技術」と言ったところか。)

モヤの場合は、モヤがない状態という答え(教師信号)をゴールにして、モヤがかかったものからモヤを取り除く学習を行う。
画像中の一点の画素(光源)について言えば、道路の熱によって光の経路が屈折させられているのだが、光源としては映った画像と比べて本来は上なのか?下なのか?右なのか?左なのか?というのを「答え」を元に補正を行うということ。
光がどれくらい屈折するかは条件次第なので、どこでどう屈折するかと言った物理的解釈上にAI学習を載せるイメージ。
(単純な画像補正でもある程度は効果があるかも知れないが、どちらかというともう少し科学的なフィルター。)

このフィルターが一旦出来てしまえば、他の同一条件のモヤも同様に補正可能になる。

また、被写体との距離、モヤがかかる距離の範囲、モヤがかかってる道路などの温度、と言った条件を増やしていけばより応用が効くフィルターになる。

モヤというのはものすごく簡単に言ってしまえば、光が途中で「思いがけず」邪魔されている現象なので、そのまま宇宙望遠鏡のガス雲などにも応用可能。

宇宙の観測は地球という定点からの観測しか行えないため(そのうち頑張って地球から遥か遠くに宇宙望遠鏡を設置するかも知れないが、宇宙の広さから言えばほぼ定点観測。ただしそれであってもものすごい価値はあるのであるが)、いかに収集したデータを有効利用するかがカギである。


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注意点としてはあくまでも補正であって、不可逆変換されたものを「復元」するものではない。
ただし、AIという高性能の、言うなれば「推測」によって例えば99%とか元の状態に補正することが可能になる機構である。

科学者であればその辺の「証拠になるもの」と「証拠としては扱えないもの」の違いの認識は大丈夫だと思うが、または「統計的に正しい」ものとして採用されるかも知れないが、あくまでも補正が根っこであることは忘れてはならないだろう。(細かく言えばこれまで「正しい」とされてきたものであっても、実はそう言ったものによっているものあるだろう。)


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これまで「ただのノイズ」と思われてきた映像や宇宙のデータなども、このフィルターを通し直すことで新たな事実が続々と発見される。
このフィルターに限らないのだが、補正技術が向上するたびに過去に撮られた動画や宇宙のデータとかさまざまな科学的なデータは宝の山になるだろう。
(おそらくコンセプト的には、統計データでさえも補正可能と考えられる。)

タイトルは蜃気楼補正機構としたが、どちらかというとこの壮大なコンセプトを発表するのが主旨である。




2024年7月4日木曜日

金という名の信頼

あちらの構造理解の通り、行き着くところは利己であるので、それを以て組織を作ろうとしても必然的にトップ一人が権力を握るしかないのである。(所謂独裁。どうにか集団で指導しようとか試みたとしても、中心にある考え方が利己なので成立するわけがない。)

そしてその組織内部で「信頼」が醸成するわけもなく、言うなれば「金」という名の「信頼」でしかありえないことはみなさん言われる通りである。

ことここに至って、その頼るべき「金」つまり「経済」も実は壮大な虚構(メッキにメッキの上塗り。全く当てにならない発表される経済指標などなど)だったのであるから、聡明な(感が鋭い)人は人に気付かれないようにとっとと、かつ静かに国外に逃げ出してるのは当然であろう。

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既述の通り、そんな体制にしかなり得なかったことまで含めて彼らの結果なのだろうが、一方でやはり何も知らずに国民にさせられてしまった人も気の毒と思ってしまう。

あちらの国民は、それこそ超強力な情報ピラミッドで情報統制されて、実態は知る術もないのかもしれないが、いくら穴を塞ごうが「完璧」というのはあり得ないわけで、実際上は民間人も分かってはいるのだろう。
(どこかでも書いたが、この「完璧はあり得ない」については歴史で何度も性懲りも無く繰り返されているのであるが、今回もあちらはまんまと同じ轍を踏んでいるだけ、といえばそれだけなのであるが、一体いつになったらこの点を学習するのだろうか?)

問題はあちらの上部に「気付いたことを気付かれる」だけでも危険であって、具体的には瞬時にとっ捕まってしまうわけで、いかに「気付いたことを気付かれ」ずにスマートに国外逃亡するか、ということであろう。結局は相当の金持ちしかそんなことはできないのが現状なのかもしれない。

民間人でさえそういった状態なので、もしも党に関係した人だとしたら逆に「気付いてしまう」事への対処はさらに困難を極めるだろう。(逆説的に言えば「気付かないほうが幸せ」となるのであるが、それは冗談)

おそらく知ってしまった、気付いてしまった、分かったとしても表には口が裂けても言えないだろう。無論口に出すことも、気付いた素振りも外には一切出さないのだろうが、あちらのやり方は巧妙で(そんなことにだけ長けてる)、一体どうやって調べたんだ?と思うまもなく嫌疑をかけられてしまうのである。(恐ろしや。あちらのこれまでを見るに、実は別に証拠がなくても関係なく、まるで思いつきやその日の気分で嫌疑をかけるのだろうが)
あちら側からすれば「裏切り者」をいかに炙り出すかという技術だけ向上させているわけで、熱意でイノベーションが生まれると言われるが、これだけが唯一の彼らの生み出したイノベーションなのであろう。(あとはコピーだけ)
※なぜあちらではGAFAやトヨタのような企業ができないのか?みたいな議論があったりするが、民主国家側からすれば当然であって、イノベーションを舐めるなよ、的な話だけなのであるが、結局は金でしか繋がってないためと言えよう。結局を何をするにしても、また何をしたとしても全ては上が持っていってしまうのであるから、何をしようが馬鹿らしくなって当然であり、そうであるならば上手いこと言って(装って)せめて金でももらっておこう、くらいになるしかないのである。もう何十年やってるか分からないが、もしもイノベーションを起こせないことを嘆くのであれば、とっとと構造的原因に気がついて、それこそ「革命」でも起こせば良いのだろうに、これまた見た通り怠慢な性質でもあるのでダラダラと今の仕組みのままここまできてしまっただけとも言える。
思えばいくら「世の中をよくしよう」とか「世界を変えよう」と純粋な気持ちで思ったとてしても、またもしもそれを実現できたとしても、その功績は全て党のものとなるのでバカらしくて嫌になるだろう。私が常に思う「声なき声」とはこういうことであって、こう言ったレベルで「一生を棒に振るしか選択肢がない」ということが問題であって、どこかの団体が人権とか文字だけ書いたり音声として読んだりだけしているが、もしも人権というならばなぜこの一点が見れないのだろうか?(メクラだろうか?それこそ臆面もなく「はいそうです」とか言い出すのだろう。)

民間側も、いかに嫌疑をかけられないか、いかに言い逃れするかということだけ発展してきたといえよう。(「上に政策あれば下に対策あり」と言われる通り。壮大な浪費や勿体無いという感覚は覚えないだろうか?)

果たしてこれが健全か?ということが一つの俯瞰した時の命題であって、これもそろそろ総論は出始めてくるだろう。

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目下の問題はあちら内部で今を生き抜いてる人たちであって、上記の通り実態を知ったとしても誰にも言えない状況はしばらく続くのであるが、大切なことは「知ってる人」が内部的に増えていくことであろう。
あちらの内部で生きる以上は、どんなに100%信頼してる人であっても迂闊に相談しては危険であるので、実態として知ってしまったことは誰にも言わないほうが良いのではあるが、「表面上は見えないが、実は知ってる人が大勢いるはずだ」と知ることが大切である。



草莽崛起

どこかにも書いた通り、本ブログは公開情報という事実を元に、不明な点については変に解釈することなく書いているため逆説的に良くも悪くも必然的に書いた通りになっているためか、知る人ぞ知る指標のような感じになっているのである。 お陰様で見てくれる人がいるのかも知れないが、不思議なことに海...