2015年12月8日火曜日

諦め理論

層理論から導き出されるが、より下層にとどまろうとする力、
あわよくば周りを引きこもうとする力が発生する。

個体であればよいが、集団化するともはや自身がそれに
加担してることさえも認知できずに、それらの英雄として
最前線の戦力やシンボルとやすやすと成り果てるものさえ
生じてしまう。

層理論の破壊力の一つは、それを力学として解明することで
それら層の何たるかを知っても知らない力(現実世界で
言えば組織など)を仕組みとして冗長させなくすることが
可能になることである。

(言葉に注意しなければならないが個人で言う、また
現代で言う精神疾患患者への社会の対応と同様に
それら力(組織)は「よしよし」と温かく同居する
知識を幸いにして有しているのである。(それらに
気付かれずに、つまりそれらの尊厳を維持しつつである。))

手段は極めてシンプルである。理解した個体の内部から、
理解した瞬間に分かる、つまり文字さえ読めれば良い。
対する者の武器はせいぜい、スーパー忘却機構といった
ところか。打ち勝つ理論(というか屁理屈)を打ちたて
ればよかろう。


2015年12月5日土曜日

如何に改善するか

「あそこはこうだ」とか「こっちはこうだ」とかいう
的確な分析を踏まえて、「ではどう改善するか」ということ。

一つの根幹として信頼が挙げられよう。
現状を見るによくぞビジネスが成りなっているなと
逆に驚嘆する。
(否、成りなっているのではなく虚構に虚構を築いてるだけで、
メッキにメッキを上塗りするような、中身が空っぽで正に
見せかけだけの橋渡たりをしてるだけなのかもしれない。)

どう改善するか。
それらは信頼という腹、肝まで落ちるような交渉を
したことがないのであろう。
周りにもいないし、過去にもいない。むしろそんな
信頼することのほうが馬鹿とさえ呼んでいる向きがある。

信頼という土壌があってようやくまともな交渉ができる。
信頼という土壌があってはじめて大義が生じるのである。
これまで信頼を如何に貶めてきたか、
これまで信頼を如何に裏切ってきたか、
その結果がそれらの足を付ける土壌として延々と
はびこっているのであるから信頼という名の希望が
育つわけもない。
それらはその土壌で利己をおおいに発揚できるので
あるから大いなる幸福者である。
もし文字を読めるものがいて、信頼の土壌の大義を
知り得たものが生じたらそれが種となろう。
それを願うしかない。
(なぜならそれらは外部を遮断し、自画自賛しかせず、
文字が読めないからである。外部から伝える手段が
何もないにも関わらず、それでも案じるときそれは
願いとなる。)

メディア上では世界と肩を並べて満足気にしているが
階層フィルタを通すとこのようにそれらの魂胆は
丸分かりになる。これこそが層理論の破壊力であり
常に言っている「浪費」の歯止めとなるのである。

いつも言うように変化は内部から訪れる。
ほっといて野垂れることを傍観するのもよいが、
その変化の核、発端としての拠り所をここに
記しておいても損はないと思い願いここに記す。
(ただし下手に、つまりそれらと同一階層レベルで
手を差し伸べると、いつも通り調子づくので、
この階層では突き放し、人類史から見捨てられている
ことを先ずは自覚させる必要が有ることは言うまでもない。
それらはこれは読めず、その幾段も前のいわば「よしよし
いいこだね」レベルのお話から土台を作りなおして
いかなければならない。変化の過程について述べるのであれば、
「恥を知ること」参照。
これについて当初は凄まじい
浪費を感じたが、よくよく見れば個人レベルが組織レベルに
なっただけの現象と捉えられる。やれやれ。
いつかはこれもただ「利他について」という1時間の
授業で勉強するくらいのごく小脳的な事項として
教えられるのだろう。)

もしもそれらの内部に、それら自身の程度に気付いている
ものがいるならば(多数いることを願いたい)、気付いている
ものたちの悲嘆も計り知れない。数多の無念を。


2015年12月2日水曜日

組織のセキュリティ

最終的には個人もだが、組織は情報セキュリティと同様、偏向に対しても常に備えなければならない。(最初から片寄ることを目的とした組織はちょっと違うが。しかし、後に述べるように偏向セキュリティが確立すれば偏向組織にも適用できそうである。)
組織、法人はどうしても「公」の面を伴ってしまうので、偏向に備えなければ、まんまといいように使われてしまうからである。
それはITで例えれば、インターネットをブラウザで見てるだけの立場(個人)から、自分でサーバを立ち上げて一般公開する(法人)ようなものである。
サーバーにセキュリティ対策を施さなければ瞬く間にクラッカー(偏向サイドに引き込もうと情報操作するもの)に乗っ取られてしまう。
偏向と書いたがいわゆる、プロバガンダになるが、それは今ある事実としての現状を情報操作によって方向を変えさせようとする意味において何かしら片寄っているので偏向と書いた。気になるなら「直進」と読み替えてもらえればよかろう。

P.S.
今回の騒動も、この「組織のセキュリティ」と、既述の「なぜ学識者は寄るのか?」で説明がつくことが理解していただけよう。かなりわかり易い例といえよう。
補足すれば既述「民意はメディアにはない」の通り、この組織は今後、当然の結果として世間から当てにされなくなろう。カードとしては大きなものを思い切って切ってきたようだが、完全に生かし切れずに捨てたようなものだ。ブレーンの能力を疑ってしまう。

2015年11月14日土曜日

仕組みづくり

人であれば、「あぁ、あの人はあそこで踏みとどまっていれば
善良な道に進んだのに。」と分かることができよう。
そしてちょっとした不運か宿命かは個別かもしれないが、
悪いほうに悪いほうに陥っていく人を知覚することができよう。

先のことから今だに渡る事例も総括してしまえば嫉妬だけ
なのである。
「小さいのにあちらだけが発展して等しく幸を得ている。
しかしまんまと敗者になった。それ見たことか、
やはり正しいのはこちらだ。(と短絡する。)
発展は搾取であった。(と短絡する。)
よってあちらが得た幸は還元されるべきだ。
(短絡の上に築きあげる欲)
正直という名の馬鹿だからどんな些細な事でも
訴えれば真に受けるから取れるだけ取ろう。
(短絡があたかも真実のように土壌化した上に
築かれる、発祥人さえも思い至らぬ欲。こうなると
制御不可能。発祥した魂胆が嫉妬なのでこれらは
放置され、十数億の黒い道を作ってしまった。
かたや正に馬鹿正直に相対し途方も無い要求を
受け付けたにもかかわらず、彼らの放漫が生み出した
黒い濁流の処理さえも、その尻拭いさえも
させようとしているのである。ここに来て
ようやく「いいかげんにせいよ」と心ある
志士が出始めたのである。)

層理論からすると、これはまだまだ目の前に起きた事象への
対応なのである。(以下詳細は既述、「いざ当事者となって
初めて分かること。当事者になって悲嘆しないために常に
正に嘆き正に築くべきこと」参照)

上記は現在誠に頑張ってる方々には厳しい言葉になるかもしれないが
そもそもは、層理論の確立とまでは言わないが、感情、
理性、法などの理解がここまで出来てきた現状において、さもそれが
理解できない、理解できても分からないふりをする、理解できても
スーパー忘却機構を用いて廃人的脳の如く事実を忘却し
彼らの先賢も含め過去の達観者が築いた事実を踏みにじるものや
組織が存在することが驚嘆であり、それら現状放棄をするは
正に怠慢であり、だだこねの放漫である。
いまだに誰かが正してくれる、外からの理解外の事象で変化する
天変地異に雨あられ、どうせたったの今生だ、私利に徹せれば
良かろうと思う輩がいるのだろうか。

これを例えば彼らの主人に言っても「そんな悪いことはしてなかろう」
ときょとんとされるだろう。演技ではなく、心の底から
「(自己も含めた)他の人のために尽くしてきた」と思っていよう。
なぜなら理解が及んでいないから。土壌とはそういうものである。
(ちなみに他利とは自己を含む場合と含まない場合がある。
哀しいかなこれも分類分けしないと「賢い」ものにいいように
使われてしまう。今後細分化されよう。やれやれ。)

理解できずに悪を突き進む人を見るに哀しいがごとく、
高次の層を理解できずにだだをこねる組織を見るも哀しい。

そこで如何に放漫だだこねを作らない仕組みを作るかという
話になってくる。
これも既述だが、哀しいかな既存の知識を持ってはやはり
罰を持ってことにあたる案が浮上してくる。

罰というか如何によしよしと見守ってあげられるか。
(この辺から既存の感覚だと層がごっちゃになって
くるだろう。層をごちゃまぜにしては訳がわからなくなる。
感覚を理論に昇華する過程である。)

ここに書くまでもないが、だだこねは既にいくすえは把握され
ているのである。だからこそ、いつまで浪費に付き合っているのか。
嫉妬の研究にどれだけの限られた資源と時間を浪費すれば
よいのか。(私を離れれば容易く見えるはずだが、そして
見える人が多数いると知っているが。)

対話のスタンダードが確立されてからの世界のほうが
よほど激動であるのに。

(現状を見れば、現在の理論のままでも変化は訪れるだろう。
(単なる自滅だが。)しかし相転換(層転換といってもよい)は
いつの時代も起きているのである。如何に彼らが個人の意志を
統治しようとしても、現在風に言えば如何にインターネットを
規制しようと、個人の意識が変わった時が変換点なのである。
(「意志と規制」参照)それは統治者はどんなことをしようとも
個人の意志までは侵略できないということである、と既述文で
書き、また、統治者(明確に統治者である場合もあるが、そうで
ないパターンも増えてきたので「制御者」とよんでも良い)は
匠になっているので知らない間に誘導されるので気をつけよう、
とも書いた。余談だが更に個人及びその人の社会全体が知覚せずに
制御できたら、それはしてもよいのかダメなのかとも書いた。
(SFが一本書けそうだ。着想して書こうと思った人は御一報
ください :D こういう御時世なので:) ))

2015年11月13日金曜日

おにぎってる

おにぎらずが脚光を浴びる昨今、対抗して本来のものが、おにぎってるとして再流行する。
どうとでも。

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どうでもいいついでにイメージ分析を。

「おにぎってる」だと、
「お!にぎってる!」とか
「お!にぎわってる!」とかポジティブ志向に使いやすい。

「お にぎってる」という肯定+驚嘆により歓喜の情景が
醸しだされるのである。
かたや「おにぎらず」は、否定文ということもあって
反抗心は伝わってくるが必ずしもメジャーを走りぬく
イメージは持ちにくい。(会社名や姓名診断をみれば
お分かりのことであろう。)

ということで、おにぎってる(というか、本来のおにぎりだが)
がイメージ的に有利のようです。

2015年11月8日日曜日

層 切り口

層理論ではこういう切り口もできる。

支配層は聡明にも管理できてると思い込んで
胡座をかいて幾年を過ごすが、被支配層は
馬鹿ではない。

支配と被支配の入れ替わり、いわば騙し合いのような
ずるさの競い合いがぐるぐると繰り返されることは、
層を理解していれば、とうの昔に把握済みの事柄である。

それはそれでどんどん賢しくなっては行くのだろう。

それとは別に、つまりその層とは別に対話をスタンダードに
した社会がある。
空気や土壌と同じようにベースとして培われてきた統合を
元にするがゆえ信頼を形成でき、信頼があるから健全な
理念が貫徹できる。
(たしかに我らが志士も突然隣の大陸放り出されては
禍根のみの志士に成り果ててしまっていたかもしれない。
身震いが起きる。)

これまでいってきた「だだこね」とは、これら高次の
層にいつまでも移らず、分かっていてもたかが数世代の
既得権益のためだか、たかが自己か理屈をこねて
数世代分の怨讐をこれみよがしに主張し、健全を
全否定したり、生を自己のみのものと決めつけ、
全精力を足の引っ張りに賭けるものたち。
(それらもたいていは結局せいぜい数世代の利己のために
うごいているのだが。それを認識できていないことが
おめでたいが、もはやこれら外からの声に耳を閉ざして
しまっていることがただただ哀しい。これらいかに哀しいかに
ついては既述なので省略。)

以前、「何故、いつの時代も我らに総括の言挙げを
させるのか」と悲嘆したこともあった。
しかし層理論を持てばそれは必然であることが明確になった。

これまでは世界の無意識としてのjudgeや総括としての拠り所で
あったが、つまり漠然とした「いい人」であったが、
これからはこれを層理論として力学として精神形成の
インフラになっていくだろう。

ようやく、達観者からすればやれやれいまごろかと思われるが、
ようやく、本当に悲嘆したこと救済しようとしたことが、
三大と言われるものを含めて、純粋なる悲嘆・救済の、現実を
離れた、つまり純粋なる層での統合が、全て統合することが
できるのである。

水に土に足をつけ、これらの層まで辿りつけた足跡がまざまざと
認識できよう。(いまの「せいぜい数世代の利己のため」の主張が
いかにだだこねかも明確に認識できよう。層をスーパー忘却し
続けてきたものがいちばん近い隣であることは歴史の皮肉と
しかいいようがないが。)

哀しきかなこれはそれこそ数千年前に悲嘆し救済まで道を開けて
くれていることなのである。
ここに具体的に「力学」をだすまで先達の想いが成し遂げられ
なかったこともまた悲劇である。
常に「文字さえ読めれば分かる」と言ってきたことも
このためである。

社会が形成されて個々や集団間の軋轢が生じて、(重要であるが
軋轢ばかりに盲もくになる輩が多いが、本来は生の原理として
相生である。)その本能の権化に陥ることのはてしなき
浪費に悲嘆し、数多の無念を思い救済を願う想いが形成されてきた。
分かってしまえば当然の流れなのであるが、途上である我々は
層を理解できなかった我々は迷い疑い、利己もまかり通ると想い
リソースをたった一生のために使っても問題ないと想い、
むしろそこまで想いが及ばぬように巧みになのか、おめでたく
なのか、権化を産み落としただ手をこまねくという滑稽を
ancestor の積み重ねも知らずに破壊してきた。

幸い「文字の読める」現世はこの層理論が読めるので
恥を知り、悲嘆し、変わることができる。

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今後詳述するが、以前は、三大と言われるそれらも含めて
根っこから引っ剥がしては、核までつながった神経を
剥ぐようなことなのでそれらは死滅してしまうことになり
どうしようかと心配していた。
しかし層からすれば順当なる道なのであり、決して
引っぺがすような「否定」ではないことが分かった。
まさに歩み寄りにより正当は保たれ、脈々と継承されていくのか
少数になって賢者となっていくのかは知らない。

2015年11月7日土曜日

リサイクル

リサイクルが浸透した現在、売るときのことも見越して開発された商品がヒットする。

二重スリット実験及び天体の光の干渉縞について

電子や光子で二重スリット実験が行われ、「確率の波」や「パラレルワールド」などで説明がなされている通りであり、その「事実」の細かい点は省略。 今回の話は、その現象は現実世界でも常に起きているということ。 我々が自分の目で見ている現実世界の範囲では、多数の光(光子)が光源から発せられ...