2013年4月6日土曜日
究極の客観的立場
(2002.4.4に書いたやつ)「客観的に考えると...」等というが、その最大を想像だけで考えることができる。固有名詞化はしないし、しないでほしい。(することで間違いや勘違いがおきてしまうから。)
それは未来をも見通す。客観的立場を究極まで深めたものと考えてほしい。
この意味で、これは人間一人一人のうちにある。個人、集団、社会、自然、宇宙。ありとあらゆることを見通して、あらゆる立場をふまえている。
自分のとった行動の善悪を判断する存在として、もしくはしてくれる存在としてそれを考えることができる。罪乃至些細な悪いことをしたという意識は、自分を客観的に見て、自分が悪いと思うことであって、「悪い」という気持ちは社会なり、自然なり自分で形成した客観的なものへのすまない気持ちの反映である。人間は社会とはどういうものか、自然とはどうゆうものかを無意識にしても形成している。そういう意味でも個人個人の中にそれを形成し存在しているのである。
最大限を考える。それだけだろう。なんという固有名詞をつける必要性はない。
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2011/06/11 23:51 批判は簡単。 又浸かり易し。 後は「温床の易さおよび抜け難しさ(負旋回型)」参照。
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