2013年4月7日日曜日

本能としての学問


2002.7.5 花輪に行った日

私は幼稚園に行ってないが、字を読むことも、書くことも自然に覚えた。むろん、人としての自然の欲求のまま覚えたと言える。字を教えてくれる所に行かなかったからこそ、「覚える、勉強する」欲求が湧いた。これこそが人を人たらしめる、三大欲求に次ぐ第四の欲求であることは間違いない。
  当時を振り返ると、字を覚えようとして覚えたわけではない。つまり「自慢するため」とかのために覚えたわけではない。あくまで純粋な欲求、本能として「学ぶ」事があったと今振り返ればそう思う。(他の利得のためではない。何かを意識してではない。正に無意識が、本能がそうさせたのである。)

0 件のコメント:

コメントを投稿

象は鼻が長いの英訳は「Elephant Nose Long」

三上章先生の「象は鼻が長い」を元にして、英語に逆輸入した場合は「Elephant Nose Long」である。 つまり「象は」が題目、これから話す話題の宣言であり、「鼻が」が話題の焦点を当てていると言うことを踏まえてのこと。しかし「Elephant Nose Long」を言語学的...