2011/11/22 22:17
経営者などの教養として人間学が盛んに論じられているが、つまり自身が到達した山頂を皆に教え広めるのはありがたく、良いのだが、果たしてその教えを教授した、従ったものは教授されただけでよいのだろうか。
その背景には、以下に示す特許化した「人間学を超えたもの」があるのである。(せちがない世の中なので特許を主張せざるを得ない。既にここに示される通り事実なので過去完了形で記す。後続の論や文はや文書はこの論の従属だけとなることを、せちがない世の中なので敢えて記しておく。googleに記述の第一優先性があるからこその話だが。)
にわかには絵空事にしか聞こえまいが(達観者はこの言い回し自体に憤りを感じなければならない)、いわゆる、今議論されている「人間学」で取り扱っている視点は狭いものである。(この文は決して過去の批判ではないことは自明である。)
第一章
そもそも崇高なる「人間学」が糞を食らうべきはずの「経営者」の、最近では、「経営者」だけの信奉対象とさえ貶められている現実がある。(所謂、形だけの経営者。自ずから対自己に違うと言える人は除く。)
逆に、上記で言わんとする崇高なる人は、現代では糞を食うしか生きる術がないぼど、レベルは低俗化してしまったと、またそれを甘受する、自己の感覚を麻痺させて受け入れる、それを強いたげる、ただそれだけの虚しいレベルに自己の意識さえも低俗化してしまっている現実さえも気づけないほどの世の中に生きていることさえも認識できないことにさえ嘆けない現実。(現代の言語レベルでは堂々巡りになってしまうが)
それらへの反省の書である。
2013年4月7日日曜日
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