2013年4月6日土曜日
アピールについて。(ソクラテス講話術)
(2002.5.10 pm12:00ごろ 面接について)人は一生上、自分をアピールする事が必要なものなのだろうか?アピールとは事実をあくまでもそのまま見てもらうことだ ろう。あくまでも実績がなければ意味はない。自分を知ってもらうには、唯、自分を見てもらえばよい。
目的が先行してはならない。(いう必要もないが。)究極をいえば、伴侶を得るためのプロポーズだけが最大で、最終のアピールだろう。
自分のいい所を口先だけで言う事は本当はしたくない事だろう。自分を美化する事に空しさが募る。言いようによっては自分自身を追い込む結果になりかねない。公前と自分の生き様をさらす訳で、その場で勢いで言ったがために身動きが取れなくなってしまっては困り者だ。
自分自身の考えを公前にさらす必要性は、本来の人間に必要なのだろうか?
個人対個人とか個人対多数とかは関係ないはずだ。自分の考えが相手に伝わりさえすればよい。唯、自分の考えさえ持っていればよい。
口で変えたり惑わせたりする人は哀しいものだ。コミュニケーションの何たるかを知るべきだ。
それをふまえて初めてソクラテスの講話術などがでてくるのだろう。その何段階も後退してしまった。「相手を知る」。それがいつからなくなってしまったのか?本来は日本人の得意分野のはずなのに。
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