2011/03/24 23:15
常々言ってきた事だが、貨幣社会でいかに人が育つかと、施政者が考えているかという事だ。
貨幣社会なのにS主義をしいて如何に人が育ったかを、してきた人はわかるべきだし、してなくても施政者はわからなくては恥ずかしい。
一事実(いちじじつ)を如何に取り扱うのか?
「恥ずかしい」と気付けばよい。気付かないからこそ問題だ。もはや気付かない事を誇っているとしか見受けられない。以前、「大きすぎるものを背負ってはいけない」と言った。重すぎる。人類や全生命、全存在、全非存在を背負えるというのだろうか?歴史において恥ずかしいと気付けばよいのだが。(その前に滅してしまっては残念だ。せめてこの文書を読んでからにしてほしい。)
貨幣社会なのに、それ以外の人は如何に夢を追えというのか?。もしくは資本主義以上の夢を民に夢見させる事ができてきたのか?(これからするというのか?いつ?いかに?)
ある意味、早すぎたのだ。それで納得すればよかろう。理想が先行しすぎたのだ。そう思えばよかろう。
人を資源と思った時点で間違いだ。資本を生むための駒と考えた時点で破綻している。生きる事、食べる事を施政者が全て賄える、もしくは採算が完璧に把握できる時点で生じる思想であった。早すぎた。
そんな時代がくるかはわからない。
貨幣以外の原動力が発見/発明、つまり生じるのか発生するのかわからないが、そういった時代に通用する思想である。今は明日の自由がやっと計画できるレベルに達した所だ。下手をすれば明日の自由は簡単に崩れる時代だ。
そっとずつ、ちょっとずつ築いてきたものだ。それを駒と思ってはならないし、あまりにも浅はかだ。
いつでもそうだが、何も新しいものではない。築いてきたものであって、幸い発見しただけだ。気付いただけだ。
2013年4月7日日曜日
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